多剤耐性細菌について
帝京大学医学部付属病院の院内感染で多剤耐性アシネトバクターという菌が原因で多数の死者が出ました。多剤耐性菌の問題は、最近にはじまったことではなく、私が医師になった20年前よりももっと前から言われ始めていました。
昔まず問題となったのはMRSAメチシリン耐性ブドウ球菌です。ブドウ球菌は皮膚にでもどこにでもいる細菌なのですが、メチシリンというペニシリンの一種に対して抵抗力をもつようになってしまって他の抗生物質も効きにくくなってしまい、バンコマイシンというもっと強い抗生物質が必要になってしまった。ところがこれを乱用することで、またこのバンコマイシンの効かないVREバンコマイシン耐性腸球菌というのも出てきてしまった。その他にも多剤耐性緑膿菌や、最近ではスーパー細菌と呼ばれる全く抗生物質の効かないNDM-1という遺伝子を獲得した細菌まで出現し始めたのです。
私は大学病院で研究をしていた頃抗ガン剤耐性ということについて実験をしていました。どのようにするかというと、がん細胞が全部死なない程度にうすめた抗がん剤と一緒にがん細胞を培養して、そこで生き残ったがん細胞はその抗がん剤が効かなくなって耐性というのを獲得する、というような方法でした(現在卵巣がんで中心的に使われているタキソールという抗がん剤に対する耐性細胞を後輩の先生と作ったりしました)。多剤耐性細菌もこれらの方法と一緒で、結局人間が抗生物質を使いすぎたせいで出来てきたのです。
抗生物質を使えばそこで生き残ろうとして細菌も変異する、という訳です。インフルエンザについても同様なことが言われておりタミフルの効かないインフルエンザウイルスもいずれどんどん出てくると思われます。
しかし幸いなことに、多剤耐性アシネトバクターやスーパー細菌は、日本ではまだ少数で、海外からの輸入(海外で手術などした方から持ち込まれる)がまだ多いのと、あと、これらの耐性細菌は一般健康人に対しては弱毒で無害なことがほとんどだということです。いまの時点でしっかりとした国としての対策が望まれます。それと、われわれ一般人ができるのは、やはりむやみに抗生物質を使わない欲しがらないということだと思います。ふつうの風邪は一般にウイルス性ですから抗生物質は不要なことが多いですし、自分の免疫力で治癒するはずなのです。当院でも予防で使用する抗生物質は半分の日数に減らすことにしました。
産婦人科の領域でも細菌感染症は問題となることが多い領域ですが、いまのところ薬剤耐性菌の問題は淋病くらいです。淋菌にはかなりの抗生物質が耐性となっていますが、めぐりめぐってまたペニシリンが良く効くのでいまのところは安心でしょうか。クラミジアも耐性菌という話はでていません。妊婦で問題となるGBS(B群溶連菌)も耐性菌の話はなくペニシリンで十分です。そして多剤耐性菌による子宮内感染などもいまのところ報告はないようです。しかし、先述のように菌は生き物で、生き延びて耐性を獲得するのですから、つねに最新の情報に目を光らせておく必要がありそうです。
とりあえずは、寒くなってくるこれからの季節、無駄な抗生物質をのまなくていいように、手洗いとうがいの励行を始めましょう。
次回は抗生物質によっておこるカンジダ膣炎などに対するプロバイオティクス治療の可能性について、書きたいと思います。